知ってるようで知らない豆腐の歴史

豆腐。それは日本人の心を表す食材である。

そんな豆腐だが、あなたは豆腐の歴史を知っているだろうか?
今日はお豆腐の歴史について、紹介していこうと思います。

謎に包まれている豆腐誕生

豆腐の発祥は、正確にわかっていません。

一説によると、16世紀に書かれた中国の書物「本草綱目」にて〈豆腐は、漢の淮南王劉安に始まる〉と書かれていることが根拠となっています。

本草綱目

豆腐の発症は、現在の中国とされています。
紀元前2世紀、前漢の淮南王・劉安の創作にあるという説があります。

これは、16世紀の中国の書「本草綱目」の中に〈豆腐は、漢の淮南王劉安に始まる〉と書かれていることが根拠となっています。

しかし、この豆腐に関する記述は西暦600年頃の唐の時代に書かれた書物に出てくるまで一切ありません。
※「本草綱目」は西暦1500年代に書かれた書物のため正確ではない可能性がある。

また、大豆が中国に伝来したのはこの劉安の時代よりもおよそ50年後であると言われています。

ただ、少なくとも唐代中期頃には、豆腐は造られていたと思われます。
そのため、一般的には豆腐は中国を起源とするとされていますが、実は、発祥の地・発明者というのは謎に包まれている不思議な食べものなのです。

日本への伝来

日本への伝来には2つの説があります。
中国渡来説と朝鮮渡来説

中国渡来説

中国から日本へは、小野妹子で有名な「遣唐使」に
よって運ばれてきたのではないか?と推測されています
豆腐が文献上に明確に出てくるのは、1183年(永寿2年)に現在では世界遺産にも認定されている奈良県にある春日大社の神主が書いた書物に「春近唐符一種」との記載があります。

これが「唐符(豆腐)」として日本の歴史に名を記した第一歩です。

当初は、殺生を禁忌とする僧侶などの間で広まり、次いで貴族や武家へと伝わったようです。
全国的に広がったのは、室町時代(1393~1572年)になってからと言われています。

また、14世紀以降は、豆腐の記載が急激に増えてきます。

現在においてはこちらの説のほうが有力であるとの見方が多いようです。

朝鮮渡来説

中国からの渡来説とは異なり、朝鮮から技法が伝えられたという説もあります。
豊臣秀吉が行った、朝鮮半島への遠征「文禄・慶長の役」(1593年・1597年)
その際に、捕虜として捕まえた朝鮮人を土佐国(高知県)の戦国大名 長宗我部氏が連れて帰り、豆腐を作らせたという記述があります。

朝鮮で作られていた豆腐は硬い豆腐であったこと。
すでに14世紀の時点で豆腐の書物への記載が多いこと。

 

以上を踏まえて、こちらの説はあくまでも高知の豆腐文化の始まり。とみなされているようです。

食卓に並ぶ時代へ

本格的に、一般庶民の食べ物として食べられるようになったのは、江戸時代の中期。
天明2年(1782年)に刊行された豆腐料理の本「豆腐百珍」が絶大な人気を誇り、この頃には誰しもが手軽にお豆腐を食べることのできるようになったことが推察されます。

また、各地においしいお豆腐屋さんもできました。

東京の台東区にある豆富・豆腐料理の笹乃雪は、元禄時代に創業し、創業三百二十年の豆腐料理専門店であり続けています。

豆富料理「根ぎし 笹乃雪」

http://www.sasanoyuki.com/

まとめ

  • 発祥は中国が有力だけど、謎な部分も多い
  • 日本への伝来は遣唐使が運んできた説
  • 庶民の味になるのは江戸時代の中期頃から

今日では、糖質が少なく、安価で、良質なタンパク質を手軽に取れるものとして健康食品、ダイエット食品としても注目されています。

その傍ら、お豆腐屋さんは年々減少の一途を辿っています。

しかし、そんなお豆腐屋も紐解いてみると長い長い歴史をもった素晴らしい食べ物であると再認識させられますね。

みなさんもおいしい豆腐食べましょう!!!

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ABOUTこの記事をかいた人

世界で唯一の大豆メディアを作る!と意気込み、作り上げたLOVE大豆。
編集長として、色々な豆腐のことを発信していきます。
大豆ダイエット敢行中と宣言中(実行されていない模様)